集客営業ゼロ、ヴィレッジ集客、メディア戦略。“超個性派工務店”浜松建設【前編】


九州は長崎県・諫早市にある浜松建設。同業者が多数、視察に訪れるほど要注目の工務店だ。その理由はたくさんあり、まず「集客営業をしない」ということ。そしてカフェや雑貨店などが点在するヴィレッジ「風の森」を運営し、自然と人々が訪れさらに再訪する場所を生み出したこと。そして今や地元では「名物社長」と名高い代表取締役社長・濱松氏のメディア戦略。まさに新しい革新的な取り組みが功を奏している“超個性派工務店”。浜松建設はどのようにして誕生したのか。

長崎県南島原市の材木屋の息子として生まれた濵松氏。地元の高校を卒業後は東京の建設会社に就職。しかし、お父様の体調不良などもあり3年で退 社、実家の材木屋で働くことに。そこから今の浜松建設や風の森(浜松建設本社所在地)ができるまでを濵松氏にスペシャルインタビュー。

RIK
継いだ当初の材木屋の状況というのはどんなものだったんでしょうか? 
濱松
継いだ当初は3~4人の人員で経営していて、年間売上は8000万円くらいでしたね。その5~6年後に、10人の人員で7億の売上まで持って行きました。 
RIK
たったの5年で8000万円から7億円ですか!?一体どんな策を講じたのですか? 
濱松
その頃は『土台が何本いる』と大工さんが資材を数えだして(木拾い)材木屋に提出、その本数に応じて材木を用意するのが材木屋の仕事だったんです。ところ がうちは大工さんから図面だけもらって木拾いを我々で行い、見積を作成して大工さんに納品したんです。そうしたら大工さんの間で『図面さえ出せば木拾いし てすごい早さで見積作ってくれるぞ』とたちまち評判になり売上は上昇していきました。 
RIK
なるほど、他の材木屋より抜きん出たサービスを提供したわけですね? 
濱松
そういうことですね。でもその後、僕に転機が訪れるんです。 
RIK
それはどういった転機だったのですか?? 
濱松
いきなり、材木屋の仕事が面白くなくなっちゃった。大工さんの図面通りに材木だけを用意することに、面白味を感じなくなっちゃって。良い材料を納めたいという気持ちがずっとあったんですよ。もっといい素材があるのにって。でもコストやなんやで使ってくれる人が少ない。だったら、自分で建築したら良い材料を好きに使えるなあと思ったんですよね。 
RIK
面白味を感じなくなったことと、良い材料で建築をしてみたいと思ったのが同時だったんですね。?? 
濱松
そう。それで、28歳の頃、不動産の下請けをはじめたんですよ。でも、それまで建設会社や大工さんは取引先だったのが、材木屋から建設業に参入したら今ま でのお客さんがライバルになってしまいますよね。それで、お客さんにバレないように材木屋の商圏から車で一時間離れた諫早市に拠点を置き、心機一転建設会 社をスタートしたんです。でもね、バレたの。一時間分の距離を離れたら、材木屋が建設会社したところでバレないと思ったけどバレましたね~! ハハハ! その後も「浜松建設を潰すぞ」などと脅迫めいた事も言われたり、色々大変な目にも遭いましたよ。 
RIK
笑い話にされてますけど実際当時は大変だったんでしょうね…。 
濱松
下請け時代の4年間は辛かったですね。年間5棟とか6棟くらいで、利率もそんなに良くはなくて。自分の名前も出せないし「名前をだしたい」という思いがずっとありましたね。 
RIK
自分の名前を出したい、というのは? 
濱松
うちの会社が作った住宅ですよ!!ってやっぱPRしたいなと思うんですよ。それで、32歳の時、下請けを辞める!という決心をしたんです。当時、社員は2~3人でしたけど忘年会で社員の前で宣言してね。「下請け辞めるぞ!」って。このまま下請けをやっていても明るい未来が見えないし、どうせ苦労するなら自分の名前を出して自分のやりたいようにやろう、と思ったんです。 
RIK
それで下請けを辞めて、どうされたんでしょう? 
濱松
まず、新たに事務所を構えよう、と。努力のおかげか少しずつ注文も増え、スタッフも増え手狭になってきたので事務所を移ることにしたんです。そこの事務所 に2~3年はいたんじゃないかな。でもね、ある時事務所のビルの1階に麻雀屋ができたんですよ。「浜松建設は麻雀屋も経営してる」と噂されちゃってね。と にかく麻雀屋と思われたくなかったからね~(笑) 銀行にいって担当さんに冗談でお金貸してっていうと8,000万借してくれたんで、土地を買って社屋を建てたんです。 
RIK
銀行がポンと8000万貸してくれたところにその当時の浜松建設の勢いが伺えますね。 
濱松
さあ、これで新たに再出発だ!と。新しい社屋も建ててね。ところが3年後に立ち退きになっちゃって。でも立ち退きにはあったんだけど、手狭にはなっていたところ だったので、逆にいい機会だなと思ったくらいで。で、その次に目をつけたのが現在のここ(風の森)。元は荒れ果てたミカン畑の跡地だったんですよ。普通ならこんなとこに会社建てようと思わないよね。建設会社やったってこんな山の中、誰も人がこないと思うもん(笑) 親父からはバカじゃないかと言われましたが、でも反対されるのは想定内だったんで。山の中にかっこいいモデルハウスや店舗がある、そんな場所が本物の癒やしをもたらすんじゃないのって思って。 
RIK
で、次第に店舗が増えて自然発生的にヴィレッジ化したのが現在の「風の森」なんですか? 
濱松
カフェや雑貨の店舗も最初はテナントではなく、うちが経営していたんです。カフェを初めたのはほんとに単純な理由。うちの会社に来てくれたお客さんに 『ちょっとうちのカフェで打ち合わせしません?』って言えたらカッコいい!みたいな、そんな理由。最初は山の中にモデルハウスや雑貨店、カフェができたの が話題になり、カフェの客足も順調だったんですけど、そのうちまあ客足も止まってきて。深く考えずに勢いでやり過ぎたので反省しました。そんな時に、カ フェの経営経験もある常連のお客さんに「経営する?」と打診したら二つ返事でOKだったので、そこからはテナントとして貸し出すようになりました。他の雑 貨店などもテナント貸しでお貸ししています。(現在はアパレル・雑貨店5店舗、カフェ2店舗営業中) 
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RIK
今日は平日ですけどカフェは満席ですね。休日にはとても多くのお客様が来られるそうですね。しかしこんな広い土地を運営していくのはなかなか大変ではないですか? 
濱松
よく人に利益になるのか?とたずねられますが、直接、浜松建設の利益に繋がってるかどうかはわからないです。ただ、人がたくさん訪れてくれて興味を持ってくれて好きになってくれることを「利」とするならばそれは大きな利益になっていると思いますよ。建設会社のモデルルームに来てください!だけでは誰も遊びに行ってみようと思わないですよね。遊びに行きたいと思う場所を作ってファンになってもらうことが一番大事ですよ。 
RIK
風の森では年2回「風の森マーケット」を開催しているそうですね。 
濱松
子どもたちによる森の中のスケッチ大会や森の中を散策しながらのスタンプラリー、クラフト小物の販売、フードの出店など1日中楽しめるイベントをやっています。昨年は2日開催で3000人来場しました。 
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RIK
3000人! すごいことですね。人気スポットですね。 
濱松
ありがたい事にみなさんのお気に入りの場所になっていますね。実は経営計画も方針もなにもなくスタートさせたので…。僕がいいと思うことをやりたいようにやってきた、その結果が今の形ですね。 

 

笑いを随所に交え朗らかにお話くださった濵松社長だが、伺った話の裏では大きな苦労と挑戦 の連続があったであろうと想像がつく。【後編】では集客営業しなくても成り立つワケや、メディアミックスの効果などを取り上げます。

リックスクエア2016では、濱松氏のスペシャルセミナーを聞くことができます。風の森ができるまでの苦労や、風の森に集まる人をファン化し、住宅を建てるお客様にし ていく仕組み、さらには経営や社内マネジメントといった深い部分も濵松社長にお話しいただきます。参加費無料ですので、東京・名古屋・大阪近郊の方はぜひこの機会に要注目の浜松建設のオモシロさをリアルで体感してみてください。

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