“茅葺き屋根の魅力を伝え続けるために伝統の更新が必要”茅葺屋根職人・相良育弥さん

「日本で一番屋根から降りているかもしれない」と言う茅葺屋根職人の相良育弥さん。茅葺き屋根職人の道を選んだ理由、文化財を保護すること、未来の需要を作ること…。茅葺き屋根を愛しているからこそ「伝統を更新したい」というその思いをお聞きしました。

RIK
茅葺き屋根職人になったきっかけはなんだったんでしょう?

相良
周りに田んぼのある環境で育ったこともあって20代の前半くらいに「農業がしたい」と思ったんです。『百姓になりてえなあ』って。自然農法がしてみたくて始めたんですけど、当時は周囲に自然農法している人もいなくて相談もできず、なかなか難しくて…。そんな時、茅葺き屋根職人の親方と知り合って現場を手伝いに行ったのがキッカケ。幸いなことにここ、淡河(神戸市北区淡河町)は現存の茅葺屋根の住宅が多くて。親方に弟子入りして修行時代が始まりました。 
RIK
弟子時代の給料を差し障りなければ教えてもらえますか? 
相良
親方によって違いますが、おそらく関西では日当8,000円くらいで能力や年数によって上がっていきます。年刻みで上がっていく事が多いかな。なんとか生活はしていけますね。体力仕事なんでキツいけど、自然に近い仕事がしたくて手に職をつけたい人には向いている仕事だと思います。
RIK
修行はどれくらいの期間なんですか? 
相良
まっとうに修行を終えたら5年で年明けになるんですけど、技術が備わってない場合はもちろん年明けできません。技術だけじゃなくて「人間力」も備わってないと、年明けできない場合もあります。
RIK
人間力、ですか? 
相良
一人で現場へ行かせても恥ずかしくないか、お施主さんへ対しての対応や気遣いなどのことです。年明けできるかどうかのポイントになります。一人で屋根の全行程を仕切れた上で、お施主さんとのやりとりもちゃんとできて初めて独り立ちできます。
RIK
そういえばオランダが茅葺き先進国、と言われていましたが「茅葺き先進国」とはどういった意味でしょうか。 
相良
世界中、どこにでも茅葺き屋根はあるんですけどその中でもオランダは飛び抜けています。1991年頃に法律を改正して、新築物件の屋根材に茅葺きが選べるようになったんです。現代的な茅葺きがたくさん生まれています。茅の下に耐火ボードの不燃層を作ることで火に弱い茅葺き屋根の弱点を補ったんです。実際にオランダで様々な茅葺屋根の施工例を見て回った時、一般住宅や美術館や市役所や様々な建築に用いられていました。オランダの国民性かもしれないですね。伝統を重んじながらも現代に取り入れてどんどんアレンジしていく姿勢、素晴らしいことです
RIK
建築の屋根材の選択肢として選べるんですね。 
相良
茅葺き屋根というのは廃材もでないですし、竹と同じように地震などの揺れをいなして逃がす効果もあり、夏はとても涼しく、冬は暖かい。エコロジーを心がける人にはとても気に入っていただける素材です。唯一の欠点が火に弱いこと。その弱点を補う工法を認めたことで選択肢のうちの一つとして、人気がでてきています。オランダの建築家も茅葺きを屋根材として使えることを理解しているから建物のデザインに合わせて茅葺き屋根を施主に提案するそうです。「このRなら茅の方が活きる」とかね。茅葺きっていうのは球体でもどんなカタチでも作れるので、柔軟性がとてもあるんです。 

美術館やホテルなどの建築に茅葺屋根


オランダの茅葺屋根の施工例。モダンで何とも言えない温かみのある住宅

RIK
茅葺き屋根と聞くとどうしても「文化財」的な古民家をイメージしがちですが、こんなにモダンなスタイルに仕上がるのなら日本でも取り入れたらいいのに、と思いますね。 
相良
日本では耐火性の問題で、法的に新築の屋根材に茅葺きを選べないんです。ですので、新しく茅葺きで何かを作るとなるとイベントのステージや作品として作るしかない状況です。 
RIK
それはもったいない事ですね。さきほどのオランダの事例見ると現代の住宅との相性もかなり良さそうなのに…。 

相良
造園の世界で言えば「新しい庭」をどんどん作れるけど、茅葺き屋根は自由に「新しい茅葺き」を作れない。法の縛りがあるから住宅などの大きいサイズのものは作れないんです。造園の世界で置き換えて言うなら茅葺き屋根業界は「京都の古庭園の管理だけをしている」ようなものなんです。でもそれじゃダメだろって思っていて。文化財を未来永劫残すための保全活動としての茅葺きも素晴らしいですが、伝統を更新していかないと、と思っています。“伝統”って誰かが壊して更新して残ったものが“伝統”になっていくんだと思っていて、良くなかったら淘汰されていきます。時間の審判に耐えたものが“伝統”になり得る。現代は江戸のまま止まってしまっています。もうそろそろジャンプして、更新して、革新していかないとって強く思います。この業界を少しでも面白くしたいと思って、声さえかかればどんなものでも茅葺きを施しています。業界内では理解されていない時期もあったと思いますが(笑)


相良さんが手掛けたステージのしつらえや作品

RIK
イベントなどで茅葺屋根を作ることを嫌がる職人さんも多いのでしょうか 
相良
伝統的な職種なら、どの業界でもそうだとは思いますが、あまり変わったことをすると目立つというか、鼻につくというか(笑)。ですが、海外などの先進的な事例を実際に見て来た者としては、日本の茅葺きの可能性を最大限に引き出して見たいですし、今できること、今しか出来ないことをやっておきたいんです。イベントなどで「なんか作ってくれ」ってオファーがあるうちに、ホットなうちに応えたい、面白がってくれるうちになにかしら作品として人に見て欲しいと思っているんです。最近は業界内でも理解してくれたり、面白がってくれる人もでてきました。一緒にやろうぜって感じで思ってます。

まだまだ続く相良さんの「茅葺き」論、続きはこちら